盛会だった2月の研究会
警察医・小菅栄子先生が新情報システムを紹介
群馬保険医新聞(2009.03.15)
174回 歯科X線画像と個人識別 2月19日(木)
日航ジャンボ機墜落事故から23年が経過した。過酷な状況下、遺体の身元確認のため3ヶ月間、延べ約2800人の医師・歯科医師・看護師が携わったことは記憶から消えることはない。遺体の損傷が激しく、身元確認には多大な労力・時間を費やした。
警察関係者も注目
身元確認作業の迅速化・効率化を追求し、歯のエックス線写真画像から身元を特定するコンピュータシステムが群馬県の検視警察医・小菅栄子先生(篠原歯科医院勤務)らによって開発された。
2月19日夜、県生涯学習センターに小菅栄子先生、システム開発に参加した東北大学・青木孝文教授(情報科学研究科)を招き、「歯科エックス線画像と個人識別-身元確認を支援新たな情報システム」と題して研究会を開催、警察や病院関係者を中心に102人が参加した。ここ数年の研究会の中でも極めて参加者が多く、満席の会場は熱気に包まれた。
ひずみを高精度の補正
小菅先生は、現在の災害・事故の分類と身元確認技術、歯科エックス線撮影の現状を報告し自動照合技術について説明しました。また、身元確認における歯科情報の重要性とデータベース化を訴え、「日本は大災害時、身元確認のための社会基盤が欠如しており、それを補完するためには大規模な生前データベースを構築できる歯科情報が重要」と強調した。
青木教授は「位相限定相関法」と呼ぶ画像マッチング技術で、これまで画像照合の自動化を阻んでいたエックス線画像のひずみを高精度に補正することが可能になったと解説。画像間の回転・拡大縮小・平行移動、射影変形、非線形的ひずみ補正など、ハイレベルな技術を紹介した。
データベース化が課題
自治体や警察機関から注目される身元確認支援システムだが、両講師とも共通に訴えたのは画像データの収集・管理の問題。データはほしいが歯科医に強制提出を求めるわけにはいかない。「自然にデータが蓄積されていくことが望ましい」と青木教授。システム実用化のための技術は高いレベルにあるが社会にどのように組み込んでゆくかがこれからの課題と言えそうだ。
「歯科X線画像と個人識別」
警察も注目の研究会
全国保険医新聞(2009.04.05)
群馬・長野県境の山中に日航ジャンボ機が墜落してまもなく四半世紀を迎えるが、遺体の身元確認に協力した群馬の医師・歯科医師たちにとって、あの日々はいまだ記憶に新しい。
身元確認作業の迅速化・効率化を追求し、歯のX線画像から身元を特定するコンピュータシステムが、県検視警察医の小菅栄子氏(高崎市・篠原歯科医院勤務)らによって開発された。
2月19日、県生涯学習センターで開催した群馬県保険医協会の研究会「歯科X線画像と個人識別」には、102人が参加した。なかでも目を引いたのは、鑑識などの警察関係者が会場の半数近くを占めたことだ。マスコミも5社が取材し、群馬ならではの関心の高さを見せた。
小菅氏は、現在の災害・事故の分類と身元確認技術、歯科X線撮影の現状を報告し、自動照合技術について説明した。
また身元確認における歯科情報の重要性とデータベース化を訴え、「日本は大災害・身元確認のための社会基盤が欠如しており、それを補完するためには大規模な生前データベースを構築できる歯科情報が重要」と強調した。
歯科情報と個人識別
身元確認を支援する新たな情報システムへ向けて
小菅 栄子(群馬県検視警察医・篠原歯科医院)
青木 孝文(東北大学 大学院情報科学研究科)
全国保険医新聞(2009.04.05)
- はじめに
身元不明遺体の検視作業において、歯科的な所見を用いる方法が特異な有用性を有していることは周知の通りです。しかし、歯牙状態の所見化や生前資料の所見化の大部分は人手に依存せざるを得ないという弱点があります。1985年に、520名もの犠牲者を出した日航機墜落事故においては、総勢約2,800名の医師・歯科医師・看護師らが、過酷な環境で損傷の激しい遺体の検視・身元確認に携わり、献身的な貢献をされたことは記憶に新しいところです。
最近では,阪神・淡路大震災(犠牲者6,437人)、スマトラ島沖地震(犠牲者22万人以上)、四川大地震(犠牲者7万人以上)、米国同時多発テロ(犠牲者2,998人)など、桁違いに大規模な災害・事故・事件が頻発しています(図1)。また、現在、発災が危惧されている東海・南海・東南海連動型地震においても、2万人以上の犠牲者が予想されています。万が一の緊急事態に、私たちの社会を『身元不明社会』にしないために、遺体の大量検視の問題をタブー視することなく、自治体・警察・医師・歯科医師が一体となって抜本的な対策を打ち出す必要があるのではないでしょうか。
このような状況を背景として、私たちのグループでは、生前の歯科情報のデータベース化について具体的な方策を検討するとともに、最先端の情報検索技術を駆使して遺体の身元確認作業を支援する新たな情報インフラを創出することを提案しています。
図1 災害・事故の分類と必要となる身元確認技術
- 歯科情報のデータベース化
さて、本稿では、『歯科情報』として、①歯科所見(デンタルチャート)や治療記録などのテキストデータ、ならびに、②口内法エックス線画像などの各種の画像データを想定します。これらの情報は、歯科医院の日常的な診療行為の中で自然に蓄積されるため、その収集が技術的には容易です(ただし、プライバシーに係る個人情報であるため、何らかの形で患者本人の同意を得る必要があります)。また、歯科情報は、最近、身元確認の決め手として注目されているDNA情報とは対照的に、一般市民にとってデータベース化に対する抵抗感が少なく、身元確認のための大規模な生前データベースを構築できる、ほぼ唯一の生体情報といっても過言ではありません。このことは、これまで、専門家の間でも十分に認識されていなかったのではないかと思われます。
いずれにしても、歯科情報は、犠牲者とその家族を結びつける『最後の絆』として、また、『社会の財産』として、組織的に保全を図っていくという発想の転換が必要です。歯科医院の廃業や被災、情報システムの故障、法定保存年限の経過などによって貴重な歯科情報を散逸させないための対策を早急に打ち出すことが求められます。
- 歯科情報に基づく身元検索技術
まず、犠牲者の候補が特定できる、閉鎖的な災害・事故・事件を考えます。もし、歯科情報データベースが利用可能になれば、候補者の歯科情報を迅速に入手することができ、身元確認作業の効率化を図ることができます(『情報提供機能』)。一方、これとは逆に、新たな機能として、遺体の歯牙特徴を手がかりにした該当者の検索も可能になります。これは、犠牲者の候補が特定できない開放的な災害・事故・事件において、大きな威力を発揮すると期待されます(『身元検索機能』)。以下では、この身元検索の技術について、いくつかの可能性を考えてみましょう。
歯科情報のうち、①の歯科所見や治療記録などのデータは、これまでも身元確認の判断材料として用いられてきました。テキストデータであるために軽量であり、照合アルゴリズムも単純であるため、コンピュータによるスクリーニングなどの試みも報告されています。ただし、治療痕が少ない場合や記載ミスがある場合、さらには、所見記載時から経時的な変化がある場合など、身元確認の決め手にならない場合もあります。このため、歯科所見や治療記録は、第一段階のスクリーニング(候補者の絞り込み)に利用するのが適切であると思われます。
一方、②の歯科エックス線画像(口内法エックス線画像、パノラマ画像など)は、個人を特定する際にきわめて重要になる各種の情報を複合的に含んでいます。例えば、歯や骨などの形態的特徴、治療の方法、補綴物の種類や形状などの情報を多く含むため、少数の画像でも個人識別の決め手となる場合も少なくありません。しかも、歯科エックス線画像は、我が国において年間9千万枚以上が撮影されており、治療の履歴があればほぼ確実に残されている貴重な客観資料です。これが、確実に保存・参照できるようになれば、身元確認の迅速化・高信頼化という観点からきわめて大きなインパクトを与えます。
しかし、これまで、エックス線画像の照合は人手によって行われており、コンピュータによる自動照合は困難でした。これに対して、私たちのグループでは、「位相限定相関法」と呼ぶ超高精度画像マッチング技術に基づいて、エックス線画像に含まれるひずみを高精度に補正しながら自動照合する手法を提案しています(図2)。これは、画像の膨大な情報量を活用した、より精密な第二段階のスクリーニングの可能性を初めて示したものです。実際には、①の歯科所見や治療記録と②の歯科エックス線画像を複合的に用いることで、高度な身元検索が実現できると期待されます。
図2 位相限定相関法に基づく超高精度エックス線画像照合
- まとめと将来展望
身元確認支援システムの構築における主要な課題は、歯科医院に存在する情報をいかにしてデータベースに登録するかということです。いわば、『デンタルID登録制度』とも呼称すべき、新たな制度を検討する必要があります。患者の同意のもと、歯科医師にとって、できるだけ簡便な方法で、自然にデータが蓄積されるような手法が求められます。例えば、当初は、通常の診療業務を通して蓄積されるレセプト情報を活用するなど、すでにあるものを利用することも検討に値します。このような公共性の高い基盤的社会サービスを、歯科医師自身が、職業の尊厳と責任をもって企画・立案していくことが、新しい時代の社会貢献の一つのかたちになるのではないでしょうか。
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