上毛新聞に御巣鷹の慰霊登山と歯の照合システムについて掲載されました。
身元早期確認へIT活用
遺族の役に立ちたい
日航機墜落事故
29年をともに。
5月10日、ことしも真っ白なカサブランカが、仏壇を彩った。小菅栄子さん(42)=高崎市中居町=の父で、2010年に亡くなった篠原瑞男さんの命日に毎年届く花だ。贈り主は29年前のあの日、日航123便の機長を務めていた高浜雅己さん=当時(49)=の妻の淑子さん。歯科医としての研究の出発点になった大切な出会いを今でも鮮明に思い出す。
事故当時は中学生。遺体の身元確認作業に携わっていた歯科医の父が夜な夜な帰宅するのを待ち、見つからないように階段の上からのぞいた。普通ではない臭いが鼻を突いた。とんでもないことが起きていることは想像できた。
歯学部生になると、警察医の父のかばん持ちとして検視現場に同行。卒業後、自身も県内初の女性警察医になった。「遺体を早く遺族に返す」という使命感とプロ意識を、父の背中から学んだ。
2002年夏、人生を変える出会いがあった。父と慰霊登山をしていた時、偶然一緒になった高浜さんからこう打ち明けられた。「たった5本の歯だけで、主人とわるのですか」
予想外の言葉だった。先輩歯科医たちがあの事故で、歯の身元確認が有効で画期的だと実証していたし、後輩として誇りに思っていた。しかし、事故から17年たっても肝心の遺族が苦しみ続けている現実があった。
後日医院に招き、確認の方法や確実性を説明すると、高浜さんの目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれた。「胸のつかえがとれました」。後日届いた手紙に書いてあった。
「歯科医として遺族の役に立ちたい」。この時の気持ちがITを使った身元確認技術研究の原動力だ。歯科情報がより客観的なデータになれば、迅速な身元確認にも。検視する側の負担減にもつながる。東北大との共同研究は国内外で注目された。
成果は東日本大震災の被災地でも生かされたが、目指すコールは遠い。
ことしもまた、初心に返る日がやってくる。父の墓に「行ってきます」と言ってから、機長に手向ける花を持ち、子どもたちや研究仲間と一緒に頂上を目指す。上に行けば、高浜さんとも会えるはずだ。
歯による身元確認
指紋やDNA型などと並んで遺体の個人識別に有効とされる。事故当時は歯科医が遺体を調べ、紙媒体のカルテやX線写真と手作業で照合したが、小菅さんらは大規模災害に備え、デジタル化したカルテやX線写真をコンピュータで自動照合する技術を開発。現在は情報の形式を合わせる「標準化」の研究に取り組む。