静岡新聞に当院の小菅栄子らが開発中の「歯のエックス線写真による身元確認システム」についての記事が掲載されました。
災害時身元確認、 歯のX線写真で実用化に連携 静岡新聞(2008.07.21)
県歯科医師会と県は、大規模災害時に犠牲者の身元確認を飛躍的に迅速化する「歯のエックス線写真による身元確認システム」の実用化に向け、協力に乗り出した。23年前の日航ジャンボ機墜落事故を教訓に群馬県警察医の歯科医師小菅栄子さん(36)らが世界で初めて開発し、国内外の注目を浴びているシステム。小菅さんは「大規模災害対策に熱心な静岡県の皆さんと一緒に実用化を成功させたい」と意気込んでいる。 精度の一層の向上やデジタル写真を画像処理することによる法的な証拠能力の問題などが残っているが、県歯科医師会の竹下朝也専務理事(60)は「生前の写真があればスイッチ1つ、1秒で身元確認ができる画期的なシステムになる。実用化を目指して全面的に協力したい」と期待を寄せる。
520人が犠牲となった日航ジャンボ機墜落事故では顔や指紋による身元確認が難しく、歯のエックス線写真を使う方法が有効だったが、自動化されたシステムがなかったために膨大な労力と時間がかかった。
小菅さんは同じ歯科医の父親が身元確認に携わったことから毎年8月12日に御巣鷹山の慰霊登山を続け、遺族とも交流がある。1日でも早く、確実に身元確認をしてあげたい―。そんな思いを胸に、大規模災害時に役立つシステムの開発に使命感を燃やしてきた。
東北大大学院や神奈川歯科大との共同研究を進め、今まで手作業だった生前・死後のエックス線写真の比較を特殊な画像処理技術で自動化することに成功。昨年11月には米国で学会発表した。実用化に向けた連携相手として東海地震など大規模災害に関心が高い本県に白羽の矢が立った。
県歯科医師会は今月5日に会員を対象に勉強会を開催。防災局など県も近く開発者から説明を聞き、システムへの理解を深める。小林佐登志県防災局長は「大規模災害時に犠牲者を早く家族の元に返してあげることは非常に重要なこと。システムをよく理解した上で協力体制などについて検討していきたい」と話している。
歯のエックス線写真による身元確認システム 生前・死後の歯のエックス線写真を自動比較し、手作業で照合する候補を3―5%まで瞬時に絞り込むシステム。時間や歯科医の負担を大幅に削減する。実験によると、60人分の身元確認では3600回分の照合作業が180回程度で済んだ。同じ人間でも光線の角度によって影の形が微妙に変わるように、同1人物のエックス線写真も単純には一致しないため、今までコンピューターでの自動処理は難しかった。東北大大学院の青木孝文教授の画像処理技術でエックス線写真のひずみを補正し、類似度を比べることが可能になった。
記事は静岡新聞ウェブサイトでご覧いただけます。http://www.shizushin.com/news/feature/jishin/news/20080721000000000020.htm
某機関紙に当院の院長 篠原瑞男が「1パーセントに望みを託す遺族」として寄稿いたしました。
1パーセントに望みを託す遺族 篠原歯科医院院長 篠原瑞男
最近、子が親を殺害し遺体の処分に困りバラバラにして山林に遺棄するという、胸の痛む、信じられないような事件が連日のようにテレビ、新聞等で報じられている。 どのような状況下の事件でも、警察が第一にやらねばならない大切なことがある。 それはその遺体が本当に誰であるか個人識別しなければならないということである。 個人識別とは身元不明死体の身体的特徴や遺留品から、その人が誰であるかということを特定することである。 現在、個人識別の資料として、遺留品、着衣、顔貌、血液型、指数、歯科所見などが利用されている。その中でも特に指紋や遺留品などから個人を特定する場合が多い。 しかし、高度燃損死体は指紋、遺留品、着衣等が焼失されるため個人識別は困難を伴うことが多い。このような場合は、歯科的資料を用いた個人識別が有効となる。 歯、特にエナメル質は人体の中でもっとも硬く、物理化学的影響を受けにくいため、原型保存が高く、歯に施されてた保存処置、補綴処置などの歯科治療の痕跡も残存する可能性が高くなる。 また、我が国における国民の歯科受診率も高いため、殆どの人が歯科医院にて何らかの治療を受けて歯科のカルテに記載されている。これらのことを総合して考えると、成人の歯を23本位とした場合、その組み合わせは膨大な数になり、各個人の歯の特色は千差万別となる。 このことが歯科的資料を用いた個人識別が有効な方法である理由である。
ある年の3月某日早朝、近所の人の煩い人声で目を覚ましました。昨夜、非常に冷えて水道管が破裂し、道路に水が川のように溢れているのを窓越しに目にした。この時、今日は診療出来ないという思いが頭の中をよぎった。情けないことに水が無いと歯科診療は出来ないのである。復旧に半日かかるとのことで、取りあえず。午前中の診療は休診にすることにした。 さて、午前中は何をしようかと思案していたところに、高崎警察署から出動要請の電話が入った。二つ返事で了承したのは言うまでもない。 高速道路で大型トラックと軽自動車が接触事故を起こし、車両が大破し燃えてしまった。不幸にして軽自動車の運転手が焼死したため身元確認をして欲しいとのことであった。
今日は診療もないし、いつも身元確認に高崎警察署に向かう気分とはまた違った気分で高崎インターに向かっていたのは事実である。それが帰りには初心を忘れていた反省と遺族に対する申し訳ない複雑な気持ちになるとは、その時、夢にも思っていなかった。
高崎インター事務局に到着すると事務所内はあわただしかった。この日、警察の異動日で異動準備とこの事件である。 早々、御遺体の身元確認に入った。御遺体を包んでいた毛布を丁寧に広げご遺体と対面し合掌した。焼死体の特徴の一つであるファイティングポーズはどこか、「私をきちんと見つけて欲しい」と言っているようでもあった。 手順通りに口腔内の歯科治療を精査し、終了後、事務所に入ると通路の右側に3人の遺族らしき人が心配そうに待っているのが目に入った。事務所に用意された歯科用カルテ、歯科用レントゲン(パノラマX線写真)と御遺体の歯科記録との照合に入った。照合作業に入って15分程経ったころ、担当刑事さんが部屋に入ってきて私に声をかけてきた。「先生!どうですか?一致しましたか?」と…。私は頭の中で御遺体と歯科カルテは99パーセント同一人物であると判断していたが、全部の照合が終わっていなかったので、「99パーセント間違いないと思いますが。もう少し待って下さい」と答えた。「分かりました」とその刑事さんは部屋を出て行った。狭い事務所なので通路の声がよく聞こえる。担当の刑事さんが遺族の方に呼び止められた。「刑事さん!うちの人なのでしょうか…?」「今、先生が調べています。99パーセント間違いないようですが、もうしばらくお待ち下さい」私が言ったとおりに説明している。その時、遺族の方のやり取りが耳に鮮明に入って来た。この時、私は非常に驚いた。私は99パーセント間違いないとということは100パーセントその人であるという意味なのであるが、遺族にとっては身内の人であって欲しくないという望みを1パーセントに託したのである。余計なことを言ってしまった。もう取り返しがつかない。残り1パーセントに望みを抱かせたのは私の不用意な発言であった。 思い返せば私が警察医になったのは日航機事故以後のことである。警察医になった当時、神奈川歯科大学法医学教授である山本勝一先生に師事し、法医学を基本から学ぶと同時に3つの心得を学んだ。
心得 1)死者に対して敬意を払う事 2)目を開き、口を閉ざし、耳を塞ぐ事 3)Do it now.Do it yourself.Do it your best. (今すぐ、あなた自身が最善を尽くしなさい)
私の不用意な発言が遺族に対し絶対に望みのない希望を持たせ、後に悲しみのどん底にさらに遺族を突き落としたような気持ちになった。帰りの車の中で、山本勝一先生の教えを再確認すると同時に同じ失敗を二度としないと心に誓った。 身元確認が歯科カルテとパノラマX線写真からなされたことは言うまでもない。そして歯科治療とその記録がいかに大切か、新たに認識した事例であった。
合掌
歯の自動照合システム開発 群馬の歯科医ら 日航機遺族と出会い 朝日新聞(2008.05.02)
もしもの時に、身元確認に使われる歯の新しい照合方法を群馬県高崎市の歯科医師らが10年がかりで開発した。「犠牲者を正確により早く家族の元に帰したい」。背中を押したのは、23年前に墜落した日航機事故の遺族が漏らした一言だった。 高崎市の歯科医師小菅栄子さん(36)らが開発したのは、歯のX線写真の自動照合支援システムだ。 歯を身元確認に使う場合、犠牲者の歯の写真と、歯科医院から取り寄せた写真とを見比べる。だが、肉眼での分析には時間がかかり、歯科医でない限り確認できなかった。
小菅さんらは、犠牲者の歯と生前の写真をもとに電子データ化。そのうえで互いの伸縮やひずみを補正し、照合する「位相限定相関法」の技術を開発。開発過程で、指紋照合で先行していた東北大学院情報科学研究科の青木孝文教授らに助けられた。
後押ししたのは、群馬県の御巣鷹の尾根に墜落した日航機機長、故高浜雅己さんの妻淑子さんの言葉だった。
「本当に夫の歯なのか、17年間、信じられなかった」
02年8月、小菅さんが同じ歯科医で、墜落時に遺体の識別作業に携わった父篠原瑞男さん(62)と御巣鷹に「慰霊登山」をした時、出会った。高浜さんの手がかりは「5本の歯」だったという。
その後、医院に淑子さんを招き、歯による身元確認について説明する中で、形見に寄せる気持ちを知らされた。
「早く、正確な身元確認は、あの時からの課題だった」と篠原さん。「2年後の実用化」を目指している。
2008年5月16日(金)~18日(日)に名古屋国際会議場にて開催されました「歯科放射線学会」にて、当院の小菅栄子が学会賞の学術奨励賞をいただきました。
当院の小菅栄子が群馬県警察本部刑事部長(2008年1月16日)、高崎警察署長(2008年1月21日)より、それぞれ感謝状をいただきました。 平成12年より、群馬県検視警察医としての役務を評価いただいたものです。 これもひとえに、皆様の励まし、ご協力の賜と感じております。 ありがとうございました。
歯型照合システム初開発 群馬の歯科医 身元確認大幅短縮 産経新聞(2008.01.8)
歯のレントゲン写真を使った遺体の身元確認をパソコンを使って大幅に短縮するシステムを、群馬県高崎市の歯科医師、小菅栄子さん(36)らが日本で初めて開発した。実用化されれば大規模災害や航空機事故の際の身元確認が迅速化するほか、行き倒れの身元不明遺体の特定にも威力を発揮しそうだ。
遺体の身元確認は、指紋による照合がシステム化されているが、歯によるものは、遺体と生前のレントゲン写真を目視で比べるため時間がかかる。歯のレントゲン写真は、同じ部位を撮影しても照射角度などで微妙な違いが生じるため、パソコンによる正確な判別は難しいとされてきた。
小菅さんは、画像の類似性を数値化する「位相限定相関法」の技術研究をしている東北大大学院情報科学研究科の青木孝文教授の研究室と協力し、精度を高めることに成功した。
新技術では、60人分の実験で、目視だと3600回の照合作業が必要だったのに対し、180回で済んだという。絞り込む作業にかかった時間もわずか3.6秒だった。
昨年11月に米シカゴで開かれた北米放射線学会でも、約4000件の研究の中から記者発表の機会を得た14件に選ばれ、CNNテレビでも研究成果が放映された。
小菅さんの父、篠原瑞男さん(62)も歯科医で、昭和60年の日航ジャンボ機墜落事故の遺体確認の苦労を体験。小菅さん自身も御巣鷹山の慰霊登山で遺族と交流するうち、照合技術の開発を決意したという。
新技術の実用化には警察当局も期待しており、ソフト開発企業との交渉も本格化している。
記事は産経新聞ウェブサイトでご覧いただけます。http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/gunma/080108/gnm0801080308003-n1.htm
2007年11月27日、アメリカ・シカゴにて開催されました、RSNA2007(北米放射線学会)のプレスカンファレンスにおいて、当院歯科医 小菅栄子らが開発中の「災害時犠牲者のID確認自動化システム」について発表・取材を受けました。
ポスター発表の様子
この発表の内容は、CNNでもとりあげられました。
発表内容のレポートはこちらからご覧いただけます。 ■RSNA2007 インターネットレポートhttp://www.wolnsokuho.com/t_12/index2.html 他、現地の各メディアにも取り上げられました。
・AFMC(英文)http://www.afmc.org/HTML/health_news/article_display.aspx?ID=610210
・AHN(英文)http://www.allheadlinenews.com/articles/7009292596
・AOL Body(英文)http://body.aol.com/news/health/article/_a/new-automated-system-can-id-disaster/n20071127140309990024
・brisbanetimes(英文)http://news.brisbanetimes.com.au/japanese-dentists-unveil-highspeed-dental-id-system/20071128-1da9.html
・Chicago Tribune(英文)http://www.chicagotribune.com/technology/chi-mon_notebook_1203dec03,1,1820296.story
・CNN(英文)http://www.cnn.com/2007/HEALTH/11/28/dental.technology/
・Daily Bulletin (RSNA 2007)(英文 PDF4MB)※5ページ目に掲載されていますhttp://rsna2007.rsna.org/V2007/documents/DailyBulletin/wednesday2007.pdf
・Health Imaging(英文)http://www.healthimaging.com/content/view/8810/118/
・HON News(英文)http://www.hon.ch/News/HSN/610210.html
・innovations report(英文)http://www.innovations-report.de/html/berichte/studien/bericht-99231.html
・IOL Technology(英文)http://www.ioltechnology.co.za/article_page.php?iSectionId=2890&iArticleId=4149212
・Jayed.us(英文)http://jayed.us/2007/11/27/japanese-dentists-unveil-high-speed-dental-id-system/ ・Japan Today(英文)http://www.japantoday.com/jp/news/422177
・Manila times(英文)http://www.manilatimes.net/national/2007/nov/29/yehey/techtimes/20071129tech2.html
・medicexchange.com(英文)http://www.medicexchange.com/mall/departmentpage.cfm/MedicExchangeUSA/_81696/3222/departments-contentview
・MedicineNet(英文)http://www.medicinenet.com/script/main/art.asp?articlekey=85489
・MSN Singapore News(英文)http://news.sg.msn.com/topstories/article.aspx?cp-documentid=1118318
・PCQuote(英文)http://www.pcquote.com/stocks/newswire/4704131/?tagged=newswire
・PhysOrg.com(英文)http://pda.physorg.com/lofi-news-system-identification-mass_115383579.html
・prnewswire.com(英文)http://www.prnewswire.com/cgi-bin/stories.pl?ACCT=109&STORY=/www/story/11-27-2007/0004712161&EDATE=
・ScienceDaily(英文)http://www.sciencedaily.com/releases/2007/11/071127105531.htm
・smh(英文)http://www.smh.com.au/news/TECHNOLOGY/Japanese-dentists-unveil-highspeed-dental-ID-system/2007/11/28/1196036933475.html
・straits times(英文)http://www.straitstimes.com/Latest%2BNews/Tech%2B%2526%2BScience/STIStory_181300.html
・U.S.News(英文)http://health.usnews.com/usnews/health/healthday/071127/new-automated-system-can-id-disaster-victims-in-minutes.htm
・Yahoo! Singapore(英文)http://sg.news.yahoo.com/afp/20071127/ttc-us-science-medicine-0de2eff.html
・Yahoo! UK(英文)http://uk.news.yahoo.com/afp/20071127/ttc-us-science-medicine-e0bba4a_1.html
・Yahoo! Canada(英文)http://ca.news.yahoo.com/s/afp/071127/technology/us_science_medicine
・Yahoo! News(英文)
遺体の身元確認、スピードアップ 高崎の歯科医、小菅さんら開発 歯のレントゲン写真使い 毎日新聞(2007.10.23)
歯のレントゲン写真を使った遺体の身元確認のスピードを大幅に短縮する技術を高崎市高関町の歯科医師、小菅栄子さん(36)らが開発した。1枚ずつ写真照合していた作業がパソコン上で瞬時に判別できる。「少しでも早く遺体を遺族に帰すには身元確認の迅速化が不可欠」。小菅さんは日航ジャンボ機墜落事故(85年8月)の被害者遺族との交流から、開発を決意したという。【鈴木敦子】
自動識別ソフトは生前に撮影したレントゲン写真と遺体のものを照合する方法で、大量に取り込んだ写真から治療痕などが一致する写真を瞬時に選び出す。60人分の実験では、わずか3.6秒で照合。身元確認の現場では目視で2枚以上の写真を比較し選別する方法しかなく、同じ条件では計算上3600回の照合が必要になる。
これまでパソコンソフトによる照合は指紋で実用化されている。だが、歯は同じ部位を撮影してもX線の照射角度などで長さや形状に微妙な違いが生まれ、パソコン上で認識できなかった。小菅さんは約10年前から研究を始め、精度向上に力を入れてきた。昨年、画像の類似性を数値化する「位相限定相関法」の研究成果を持つ東北大と提携。微妙な違いを補正する技術を得て精度をほぼ100%に高めることができた。
520人の犠牲者を出した日航機墜落事故では約15%の78遺体が歯で身元が確認された。確率統計的には歯3本が一致すれば個人の特定ができ、損傷が激しく指紋採取が困難な遺体には有効な手段という。小菅さんは11月に米国での放射線学会で新技術を発表する。実用化されれば、全国の行方不明者と身元不明遺体との照合などにも活用できる。
歯のエックス線写真による身元確認システムの開発 篠原歯科医院 小菅栄子
はじめに
私は、歯科大学を卒業後、高崎の父の診療所で勤務医をしながら、大学の放射線学教室に所属し、歯のエックス線写真による身元確認の研究を続けております。平成12年からは、群馬県検視警察医をさせて頂いております。
22年前に、日航ジャンボ機が上野村の御巣鷹山の尾根に墜落し、多くの方が犠牲になりました。その当時、父が犠牲者の身元確認に携わったことから、今でも8月12日になるとスタッフと共に御巣鷹山慰霊登山を続けています。最近では、御遺族が年々歳をとられていくのに心が痛み、御高齢になった御遺族が急な坂を登られる姿には涙が出ます。その中で、数年前に偶然出会った御遺族の方から、歯による身元確認への疑問を打ち明けられる出来事がありました。これがきっかけとなり、次第に大規模災害時に役に立つような身元確認システムを作りたいという強い使命感を感じるようになりました。
現在、全国で歯科医院は65,000件あると言われています。これらの医院では、歯科用の小さなエックス線写真を撮影するための装置が必ず設置されています。また、1999年の歯科エックス線写真に関する実態調査によると、年間約80,730,000枚ものエックス線写真が全国で撮影されているようです。日本では国民歯科受診率が高いため、多くの人が歯科医院にてエックス線写真を撮影するとともに何らかの治療を受け、歯科カルテに治療内容が記載されています。これらの事を総合して考えると、歯のエックス線写真による身元確認システムが自動化されれば、大規模災害時などのスクリーニング(選別作業)に使用することが出来るので、災害現場で身元確認作業にあたる歯科医の負担軽減と時間短縮が出来るのではないかと考えました。
今回は、これまでに進めてきた研究の一部を皆様に紹介したいと思います。まだ実験的なシステムを開発している段階ではありますが、歯のエックス線写真による身元確認システムとして、どの程度の性能(識別精度や処理スピードなど)を有しているかなどを紹介します。
歯のエックス線写真を用いた身元確認システム
大規模災害時に指紋や歯牙所見を用いて身元確認を行う方法は、時間と精度の両面で非常に有用な方法です。指紋を使った身元確認は、すでにコンピュータを用いた自動識別システムが開発されています。一方、歯のエックス線写真を使った身元確認は、現在でも専門家が膨大な量のエックス線写真の中から一致する写真を手作業で探して行っています。大きな災害の場合は、犠牲者の損傷も激しいため、顔や指紋などを使って身元確認をすることが難しくなります。このような場合は、歯のエックス線写真を使った身元確認が重宝されます。ただし、現在までに自動識別システムが開発されていないために、災害の規模が大きくなるほど、膨大な作業時間を必要とするだけでなく、誤認の危険性も増大する可能性があります。そこで、私は、歯のエックス線写真を用いた身元確認の作業時間の短縮と識別性能の向上のために、コンピュータを用いた自動識別システムの開発を目的として研究を進めています。
現在までに、歯のエックス線写真を用いた身元確認では、撮影時に生じる幾何的な変形(位置ずれ、回転、拡大・縮小、ひずみなど)が原因で、自動的に照合することは難しいとされてきました。撮影の度に歯科医師が装置を配置するためエックス線の照射角度が異なってしまうことや、指でフィルムを押さえつけるためフィルム自体が変形してしまうことが原因で、エックス線写真に幾何的な変形が生じます。開発したシステムでは、このような変形を正確に補正し、本人であるかを正確に判断するために、位相限定相関法 (Phase-Only Correlation) を利用しました。位相限定相関法は、すでに、バイオメトリクス認証(顔、指紋、虹彩、筆跡などを用いた生体認証)で有効性が確認されています。位相限定相関法の特徴は、画像と画像の位置を正確に合わせることができることと、画像と画像がどれくらい類似しているかを数値で正確に表すことができることです。
続いて、開発したシステムについて詳細を説明します。図1は、現在までに開発した歯のエックス線写真による身元確認システムのブロック図です。開発したシステムは、身元が不明な方の(検視時の)エックス線写真と、身元がわかっている(生前の)エックス線写真を格納したデータベース全体を照合し、類似度の高い候補を 絞り込み、最終的に専門家が検証します。具体的には、 〔i〕エックス線写真のコントラストを強調する前処理 〔ii〕画像間の位置や角度、ひずみなどを補正する処理 〔iii〕類似度を求める処理 〔iv〕専門家による検証 の4ステップで構成されています。ステップ〔i〕から〔iii〕までは、コンピュータを使って自動的に処理が行われ、データベース内から候補となる歯のエックス線写真のリストを作成します。ステップ〔iv〕は、専門家が検視時の画像(入力画像)と候補となる画像(ステップ〔i〕から〔iii〕で作成されたリスト)とを照合します。身元確認は間違いの許されない正確な照合が求められますので、最終的な判断は専門家が行います。
【図1】1歯のエックス線写真による身元確認システム
それぞれの処理について説明します。
〔i〕エックス線写真のコントラストを強調する前処理 歯のエックス線写真は、撮影のタイミングによりエックス線照射量が異なるため、ぼけてしまうことが多いです。診療には問題ありませんが、コンピュータで処理をするときには、このようなぼけにより画像処理の精度が下がってしまいます。そこで、前処理として画像のコントラストを強調します。図2の(b)がコントラスを強調した例になります。
〔ii〕画像間の位置や角度、ひずみなどを補正する処理 この処理は、(a)拡大縮小、回転、平行移動の補正、(b)ひずみの補正、(c)共通領域の抽出の3ステップで構成されています。
(a)正確に類似度を求めるためには、正確かつ高精度に画像間の拡大縮小と回転、平行移動を補正する必要があります。開発したシステムでは、位相限定相関法を用いて、正確に補正しています。図2の(c)が位置を合わせた結果になります。
【図2】歯のエックス線写真の位置合わせ: (a)入力画像(左)と データベースに格納されている登録画像(右) (b)コントラストを強調した画像 (c)位置や角度を補正した後の画像
【図3】歯のエックス線写真のひずみ補正: (a)左の画像にある基準点に対応する点を右の画像から求めた結果 (b)得られた対応関係より作成したひずみモデル (c)ひずみ補正後の画像
(b)画像間のひずみを補正します。撮影のたびに、エックス線の照射角度とフィルムの角度が異なってしまうため、画像間にひずみ(歯が伸びたり縮んだりすること)が生じてしまいます。ひずみが生じていると、同じ歯を撮影したとしても長さが異なってしまうので、誤って違う人の歯と判断してしまいます。そのために、識別精度が著しく低下してしまう恐れがあります。そこで、画像を小さなブロックに分け、位相限定相関法を利用してブロック間の対応関係を求め、その関係から得られる情報を用いてひずみを補正します。図3がひずみ補正の様子になります。
(c)画像間の共通領域を抽出します。画像間で重なっていない領域は無相関なノイズとして働くので、類似度を正確に求めるために画像間の共通領域を抽出します。
以上の処理により位置や角度、ひずみを補正し、共通領域を求めた例が図3の(c)になります。どれくらい正確に位置合わせされているかを調べるために、図4のように位置合わせした画像の差をとってみました。画像がきれいに重なっているので、治療した部分がはっきりと表れています。
〔iii〕類似度を求める処理 得られた共通領域に対して位相限定相関法を用いて類似度を求めます。位置や角度、ひずみが補正され、共通領域を抽出しているので、同じ人のほぼ同じ位置を撮影したエックス線写真であれば、鋭い相関ピークが現れます。もし違う人のものであれば、位置などを合わせたとしてもピークが現れません。そこで、開発したシステムでは、このピークの高さを類似度として用いています。ピークは、最大値が1、最小値が0であることより、1に近い値となれば同じ人であると言えます。図5が位相限定相関法を用いて画像の類似度を評価した例になります。図5の(a)が同じ人の場合、(b)が違う人の場合となります。
【図4】位置合わせの結果: (a)ひずみ補正をした後の画像 (b)重ね合わせた結果
【図5】位相限定相関法による 画像の類似度評価: (a)同じ人の場合 (b)違う人の場合
これらの処理を通して、身元が不明な方の画像(検視時の画像)とデータベース内にある全ての画像とを照合し、類似度の高いものから候補としてリストアップします。
〔iv〕専門家による照合 最後の処理は、専門家による照合になります。ステップ〔i〕から〔iii〕までのコンピュータを使った処理により、自動的に候補リストが出力されます。専門家は、身元が不明な方の画像(検視時の画像)とデータベースに入っているすべての画像を比較するのではなく、候補リストにある画像ペアのみを比較し、最終的な照合結果を作成します。
以上が開発したシステムの処理の説明となります。本システムの中で、コンピュータによる処理(ステップ〔i〕から〔iii〕までの処理)は、1組あたり約4秒です。まだ発展途上のシステムですので、最終的にはもっと早く処理することができるシステムになる予定です。
性能評価
開発したシステムの性能を評価した実験について説明します。性能評価では、生前・死後のエックス線写真の代わりに、歯科治療の前後で撮影されたエックス線写真を使いました。生前・死後では歯が欠けていたり、抜け落ちていたりする場合があります。一方、治療前後でも歯を削ったり、金属を埋め込んだりするため、照合するには同様の難しさがあります。実験で使用した画像は、60人から撮影した治療前後のエックス線写真で、合計で120枚になります。 実験は、この60組のエックス線写真のうち、治療前に撮影した写真を生前の(身元がわかっている)画像とし、治療後に撮影した写真を死後の(検視時に撮影した)画像としました。言い換えると、治療前の写真がデータベースに登録されている画像、治療後の写真がシステムに入力される画像ということになります。まず、治療後の写真(死後の画像)を1枚入力し、データベースに格納されているすべての画像60枚と照合します。そして、入力画像に対する候補リストを作成します。次に、別の画像を入力し、同様にデータベースの画像と照合して候補リストを作成します。このように、1対60の照合を入力画像の枚数だけ(60回)繰り返します。合計で3,600回の照合をすることになります。候補リストは、類似度の高い順に候補が並んでいるので、同じ人から撮影した画像の順位が1番高ければ正確に照合したことになります。
図6は実験結果をまとめたグラフになります。横軸は本人画像の順位、縦軸は識別率を示しています。たとえば、照合スコアが1番高かったものには、本人画像が87%含まれています。また、上位3番で識別率が100%になっていることより、候補リストの上位3番目までに必ず本人の画像が含まれていることがわかります。この結果より、専門家は、候補リストにある上位3番までの画像を照合すればいいことになります。システムを利用しなかった場合、専門家は3,600回の照合をしなければなりませんが、システムを利用することで、そのうちの5%を照合するだけでよいことになります。本システムが実用化されれば、身元確認における専門家の作業負担を大幅に削減するとともに、結果が出るまでの時間の短縮や、照合精度の向上も期待されます。
【図6】実験結果
おわりに
今回開発した歯のエックス線写真を使用した身元確認システムは、まだ実験的な段階であり、これからも性能や処理速度、使い勝手などを改善していきたいと考えております。今回、ご紹介させていただいたシステムは私が進めてきた研究の一部ではありますが、皆様の頭の片隅に覚えておいていただければと思っております。
群馬県は、日航機墜落事故というとても悲惨な大規模災害を経験しました。悲しい災害を胸に刻んだ群馬県から、このシステムを全国に普及させたいと思っております。
今回、開発を進めている身元確認システムを紹介するにあたり、貴重なスペースを頂けたこと、また、ご協力下さった方々に心より深謝申し上げます。このシステムを実用化するために、これからも惜しみない努力し続けていくことを皆様にお約束し、お礼の言葉と代えさせていただきたいと思います。
なお、本システムは、神奈川歯科大学顎顔面診断科学講座の鹿島勇教授の研究グループと東北大学大学院情報科学研究科の青木孝文教授の研究グループの協力によって得られた成果です。これまでに開発したシステムについて、今年の11月にアメリカのシカゴで開催される世界最大規模の放射線に関する国際会議であるRSNA (Radiological Society of North America) 2007 において発表することが決まりました。毎年シカゴで開催されているこの会議には、全世界から医学・薬学・物理学・工学などの分野の研究者や大手企業の方々が参加します。参加人数は7万人とも10万人とも言われています。ここで発表することは大変名誉あることですので、日本国内だけではなく世界に向けても本研究を発信していきたいと思っております。
9月26日(水)放送のNHK 首都圏ネットワークという番組の「歯で身元確認最前線 女性歯科医の取り組み」という企画にて、当院の歯科医小菅栄子らの研究が紹介されました。